任せてよかったと言われる大工を目指して

建設会社の大工として働く高津宏史さん(29)を米子の現場に訪ねた。高津さんは江府町御机地区生まれ。仕事のこと、御机地区のことをお聞きしました。

大工カッコいい

高津さんは地元の小学校、中学校を卒業し、日野高校に学びました。卒業後に大工になるため大手林業会社に就職しました。千葉県で1年間、大工の基本を座学中心で学びました。その後、岡山県に配属となり、2年近く働きました。御机地区にいる大工はみなカッコイイと思っていましたが、大手林業会社が求める大工像には、どうしても合点がいかなかったです。そこでふるさとに戻り、地元の建設会社に再就職することにしました。帰ってから大工を学びました。技術は現場で教えてもらいました。会社の大工は現在5人。私は上から5番目です。棟梁のもと現場に入ることが多いですが、たまに一人の現場で棟梁をやることもあります。現場監督は社長です。

なんで帰ってきたのか

地元で就職する予定だったのですが、その会社が倒産してしまい、高校の先生の紹介で大手林業会社に入ることになりました。ずっといるつもりはなかったです。いずれふるさとに帰り、大工をしようという思いがありました。それは地元が好きだったからです。御机地区は山しかありません。大山みて育ちました。移り行く四季の景色を見ていました。近所のおっちゃんとたまに合うと「あがってのみやい」と言ってくれる暮らしがあります。休みの時に帰ると付き合いがあり、人と人とのつながりが濃い。そういうつながりが大切だと思うのです。人の多いところで、人ごみに囲まれ、ふとふるさとのことを考えるのです。自然の中で育ってきたので。

江府町をどうすべきか

江府町をどうすべきか。このまま、何もせんかったら、人はもっと少なくなるとの危機感を持っています。御机地区に写真を撮りに来る人が多いですが、このまま帰すのはもったいないと思っています。お金を落とす施設をつくるべきと思います。仕事ができる場所をつくれば人は増えます。仕事がないから出てゆきます。観光で生きるのか。水を使って生きるのか。ビジネスの方向性がみえて来ていません。もっと住みやすい町をアピールできないものかと思います。定年後でもいいからこの町に来て住んで欲しいと思います。

金儲けはいまさらとジゲの人に言われた

せっかく大山目当てに観光客が来るのにお金を落とすところをなぜ作らないのか。人は来るけど帰ってしまう。ゴミだけ落とし帰るのはおかしいと私はジゲ(集落)の人たちにいいますが、年寄りたちは「いまさら金儲けは…」と笑います。面白いと思うけど、観光業をやってくれる人がいないでしょとも言われます。ジゲの観光業のかたちを変える人が必要ですね。大山使ったまちづくりをもっとしてほしいです。

「御机」は由緒ある地名

「御机」は後醍醐天皇が大山を参拝してこの地に立寄ったことから天皇により命名された地名です。天皇を前に3つの机を置き、だんごを献上したところ、天皇は「御」という字をやろうということになり、御机(みづくえ)という地名ができたという由来があります。地名に誇りがあるのです。私は大工ではなく、まだ第八です。やっぱ高津君に任せてよかった。やっぱ高津君じゃないとダメと言われるような大工になりたいです。大工としての誇りや地域が持つ誇りを大切に生きてゆきたいです。

気がつけば最前線

江府町は過ごしやすいです。不便なところはあるけど、不便もまたいいよね。奥さんは子育てで忙しくしています。もうすぐ4人目の子どもが生まれます。商工会青年部の活動に参加してお祭り「十七夜」で流し太鼓を担当しています。気がつけば最前線(笑)。町外の人も入ってほしいです。歴史あるこの町の祭りをきっかけに江府町に移り住んで欲しいです。

writer : 「奥大山Life」編集長 斉藤俊幸